ノーベル賞・大村智氏の北里大学の偏差値は難関大学並み、どのような経歴や学歴で研究所に?

ノーベル賞・大村智氏の北里大学の偏差値は難関大学並み、どのような経歴や学歴で研究所に?

2015年のノーベル賞に、日本人の大村智氏が選ばれました。
国際的な賞の受賞ということで大変誇らしいことですね!

北里大学の特別栄誉教授でもある大村智氏は、
これまで数々の受賞をしてきた非常に優秀な方です。

ですが、北里大学は一般的にはあまり有名な大学ではありません。

今回はその北里大学の偏差値などについてや、
大村智氏が北里研究所に入るまでの経歴や学歴を見ていきたいと思います。

 

北里大学の偏差値について

2015年のノーベル賞を受賞した大村智氏は、
現在、北里大学の特別栄誉教授でもあります。

大学施設は東京都の白金キャンパスをはじめ、
神奈川県の相模原キャンパス、青森県の十和田キャンパスがあり、
本部は東京都の白金キャンパスになります。

北里大学は東京大学や京都大学、六大学と比べれば、
それほど有名な大学ではありません。

しかし、北里大学は特に薬学の分野で実力のある学校で、
2015年の偏差値は理学部61、薬学部63と難関大学となっています。

日本の私立大学の薬学部では、慶應義塾大学と東京理科大学に次いで、
3番目に難しい大学とも見られているようですね。

教職員には今回ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智氏や、
昨年イグノーベル物理学賞を受賞した馬渕清資氏などがいます。

また、薬学部と言うとケツメイシや武内直子さんのように、
薬学を学びながら音楽活動をする人も多いそうですが、
北里大学からもミュージシャンとして活躍している人もいるようです。

 
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大村智氏が北里研究所に入るまでの経歴や学歴

ノーベル賞を受賞した大村智氏は過去に、
山梨大学の学芸学部自然科学科を卒業後の1958年に、
高校で化学の教師として勤めていた時期もありました。

しかし、このとき授業がうまく進められなかったそうで、
この挫折からもう一度勉強しなおす覚悟を決めて、
現在の筑波大学である東京教育大学の研修生になります。

その後、東京理科大学大学院の理学研究科へと進学し、
1963年には修士課程を修了、山梨大学の助手に。

2年後の1965年には北里大学の北里研究所へと移って、
研究者として歩み始めました。

大村智氏は1968年には東京大学で薬学博士、
1970年には東京理科大学で理学博士を取得しており、
さすがにすごい学歴の持ち主ですね。

翌年の1971年にはアメリカ留学を決意し、
ウェズリアンの大学客員教授として海を渡りました。

そして約4年間の留学を終えて帰国したとき、
日本で持った研究所も北里研究室だったそうです。

アメリカの研究施設に比べれば、かなり貧弱な研究室だったそうですが、
大村智氏の信念もあり、数多くの研究で受賞を勝ち取っています。

 

研究者としての熱意と信念も伝えてほしい

大村智氏はノーベル賞を受賞するまでは、
素晴らしい経歴や数々の受賞を得ていたものの、
一般的には無名な人でした。

ですが、ノーベル賞を受賞すると共に、
一気にその研究に対する情熱や努力に目を向けられ、
知名度も大きく広まったことでしょう。

ノーベル賞を受賞するということは、
他のどんな賞を取るよりも大変なことなんですね。

「人のマネをしないこと」を信条とする大村智氏は、
逆に言えば常に誰も通ったことのない道を行き、
出口の見えない研究を続けていたのかもしれません。

しかし、自分の信じる道を歩み続けた結果、
素晴らしい成果を挙げることができました。

これは若い研究者たちにも大きな勇気を与え、
今後の研究の発展にもつながっていくのではないでしょうか。

大村智さんには研究の成果だけでなく、
研究者としての熱意と信念も伝えていってほしいと思います。

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作成者:Shinji
 

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