ノーベル賞の梶田隆章教授の経歴や学歴、受賞は師である小柴昌俊氏の存在が大きかった!

ノーベル賞の梶田隆章教授の経歴や学歴、受賞は師である小柴昌俊氏の存在が大きかった!

東京大学宇宙線研究所の梶田隆章教授が、
2015年のノーベル物理賞を受賞しました。

梶田隆章教授は「幽霊粒子」とも呼ばれる、
ニュートリノという物質に質量があることを証明し、
物理学の発展に貢献したことが受賞につながりました。

ノーベル賞の受賞は師である小柴昌俊氏の影響が大きかったそうですね。

今回は梶田隆章教授の経歴や学歴、
小柴昌俊氏との出会いについてなど見ていきたいと思います。

 

梶田隆章教授の経歴や学歴について

まず、梶田隆章教授はの出身高校についてですが、
地元埼玉県にある県立川越高校です。

川越高校は、生徒のほとんどが国公立大学や難関私立大学を目指し、
東京大学への進学者も非常に多いという進学校です。

その川越高校を1977年に卒業した後、
埼玉大学の理学部物理学科へ進学、
1981年の大学卒業後は東京大学大学院へと進学します。

東京大学大学院では理学系研究科の理学博士を取得、
1986年からは東京大学理学部の助手として、
ニュートリノの研究を開始しました。

この頃からニュートリノの研究を進めるために、
岐阜県のカミオカンデで観測を始めたそうです。

そして1988年からは現在の東京大学宇宙線研究所へと移り、
助手、助教授、教授と昇進していき、
2008年には研究所長にまで上り詰めました。

東京大学宇宙線研究所は千葉県柏市にキャンパスを持ち、
カミオカンデのある岐阜県飛騨市にも
神岡宇宙素粒子研究施設があります。

2008年度時点の職員は100名以上、予算は約18億円もあり、
実績としては2002年に梶田隆章教授の師とも言われる小柴昌俊氏が、
カミオカンデによる研究でノーベル物理賞を受賞しています。

 
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梶田隆章教授と小柴昌俊氏の出会い

梶田隆章教授は1981年の埼玉大学卒業後に東京大学大学院へ進学し、
理学系研究科で小柴昌俊氏の研究室に入ります。

ここで梶田隆章教授と小柴昌俊氏が出会ったようです。

研究室にはノーベル賞受賞の小柴昌俊氏や、
その弟子と言われた戸塚洋二氏がおり、
彼らの下で研究を行っていたそうです。

1986年に助手となってからは本格的にニュートリノの研究を開始し、
ブルーノ・ロッシ賞や朝日賞、仁科記念賞などを、
研究グループ全体での受賞を挙げていきます。

近年では優れた論文に与えられるという日本学士院賞を、
2012年に受賞しています。

日本学士院賞は日本の学術賞として最も権威のある賞のひとつで、
この賞によって梶田隆章教授の研究が認められたと見てもいいでしょう。

そして、2015年にニュートリノの研究の成果が認められ、
ノーベル物理賞を受賞しました。

この研究の成果は小柴昌俊氏や戸塚洋二氏たちと共に、
長期に渡って築き上げた結果であり、
素粒子物理学界に大きなインパクトを与えたようです。

梶田隆章教授のニュートリノの研究は、
やはり2002年にノーベル賞を受賞した小柴昌俊氏の影響が大きいようで、
本人も受賞の理由に小柴昌俊氏との出会いを挙げていましたね。

 

研究には師との出会いも重要

2015年のノーベル賞の日本人受賞者は、
先日の医学生理学賞の大村智氏に続いて2人目、
過去全体の受賞者としては24人目となりました。

日本人のノーベル賞受賞は特に物理学賞の受賞者が多く、
梶田隆章教授で11人目となり、
物理学の研究レベルが高い証明ではないでしょうか。

また、今回の受賞を見ていると研究は情熱だけでなく、
人との出会いも非常に重要なことだと気づかされますね。

研究施設はアメリカと比較すればまだまだかもしれませんが、
これからも多くの受賞者が出るように、
各分野研究を続けていってほしいと思います。

 
作成者:Shinji
 

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